行灯さんの記事は、今の私にとても勇気を与えてくださっています。
かなり前ですが、姑が老人性鬱病のようになったことがあります。そしてつい先日、私自身も疲労と不摂生な生活からなのか(?)精神的にちょっぴり危ない状況を垣間見ることとなりました。人間である以上、絶対に大丈夫などということはありえない。いつでも精神の危機はありえる、ということを強く感じました。それでは私達はどうするのか?
>知ることは様々な不安がどこからくるかを明らかにでき、心身のコントロールの仕方のヒントを得ることができます。
上記の言葉に希望を見ました。
そうなる状態をいたずらに怖れるのではなく、(事実、私の中であれ以来また同じことがおきるのではないかという、怖れが生まれてしまいました。)それらについての知識を得て、事前に予防する手段を知る。そしてもしそうなった時にどこに相談したらよいかを考えておく。心身のコントロールがうまくできるような生活を送る。など、自分を安心させる手だてはあると思いました。
不安定な状態を長引かせて、いたずらに自分やその周りの人々の心を苦しめるなどということは、止めるべきだと思いました。
普段ならば何と言うこともなく通過できることが、心が弱っているときは通過できなくなる、ということもわかりました。
しかし本来はそのような時は、何かの必要があって、そのつらさを噛みしめるべきときなのかもしれません。ただ、そのことについてはすごい矛盾を感じたのです。つまりそのつらさを噛みしめる強さもエネルギーもない時にそのような試練を受けよというのは、あまりに惨いのではないかという・・・。恐怖と逃避だけが先に来てしまい、一番のそのときに受け取るべき(?)何かを受け取れぬまま、苦しみだけが長引いて行く・・・という、うまく表現できないのですが、そのような地獄を感じてしまったのです。
これは何とかしなくてはいけません。早くその一番に受け取るべき(?)何かを受け取り、回復をしなくては・・・。
ごめんなさい行灯さん。勝手にいろいろ書いてしまって・・・。すごい見当違いかもしれないのですが、何となく私が感覚的に、自分の体験から今回感じてしまったことなのです。かなり非科学的な要素が入っていることをご容赦願います。
今回このような体験をしたことは、きっと私にとって意味のあることなのだと信じています。
投稿者 雪ウサギさん : 2005年08月31日 15:16
>雪ウサギさんへ
コメントありがとうございます。
まずここで私の体験談を元に素人の私達が何かを感じることはあっても、回復に繋げられるかは?で、ある意味間違った方向に行くと返ってマイナスですので
あまり深刻に受け取られないでくださいませ。
特に今回雪ウサギさんの御経験なさったことは、どうも簡単でなさそうですので、是非専門のカウンセラーに御相談された方が良いように思います。
雪ウサギさんはこうして御自分のことをオープンに言葉で表現なさるので、妹とは全く異なりますので、本当に私の文は気楽に読まれてくださいませ。
投稿者 行灯さん : 2005年08月31日 21:08
遺伝的な要素。心にズキリとします。私が発病前に、なにか普通でないというので、母に、自分の血筋にはひとりもおかしな人間はいない。父方にはおかしな子がいる。その血筋のせいなのだと言われました。
父からは、仕事で忙しいから子育ては全部母に任せていた。母の育て方のせいだというようなことも言われました。
なんだか両親から突き放されたようで、今でも、にがい、にがい、思い出です。
統合失調症を始めとする精神科の病気について、もっとみんなが十分な知識を持ってもらえたら、当事者も家族も楽になれる部分があるのになと思います。
投稿者 kobaさん : 2005年09月03日 21:59
>koba様へ
コメントをありがとうございます。
「なんだか両親から突き放されたようで・・・」
とてもつらい思いをなさったのですね。
「…当事者も家族も楽になれる部分があるのにな…」
私も本当にそう思います。
時々妹の病気が分らなくなったり姉妹喧嘩をしたりすると、病気に関する本を読んだりしてましたが、最近はインターネットから病気を抱えてる人のHP.やブログをよく読みます。
私のように自立心が強い方で開き直ることができる者は、なかなか当人の弱さに添えることができず、それ位のことで考えても仕方ないだろうに、と思ってしまいます。
妹のようなにガラス細工に似て、心はとても純な人で壊れやすく、世間の中で生きることがとても不器用な人が多いように感じられます。
違った面から見ると、この娑婆の世界に私達が厚かましく生きられることのほうが、どうかしてるっと思わされることもあります。
投稿者 行灯さん : 2005年09月04日 05:37
行灯さん、この病態を知るということはとても大切ですね。わたくしはある意味これは、ご本人とご家族にとっての「救い」の始まりではないかと思います。
つい去年の暮れに旦那さまがアルコール依存症であり、ご自身はその共依存症にあったと気づかされたご夫婦がいらっしゃいます。去年金婚式を迎えられたご夫婦なのですが、「これで初めてふたりやり直せる。」とおっしゃられた姿が目に焼き付いています。
これまで繰り広げられてきた50年間の訳の分からないあらゆる場面のことが、まるで、霧が晴れ渡るかの
ようにハッキリ分かり、「ああよかった。」と思われたそうです。
妻としてどんな無茶なことであっても、夫に仕えるのが当たり前という世代のこのご婦人。実に爽やかに、
落ち着かれていて、そのお姿は凛々しく感じました。
このご夫婦にとって、この気づきはどんな勲章よりも
これからの励みになったのではないかと思いました。
投稿者 水井さん : 2005年09月04日 12:58
>水井さんへ
いつもコメントありがとうございます。
にしませんせのブログの8/22にも書かれてあるのですが、なぜ知識を得ても長引くのか・・・。
それはにしませんせのおっしゃる「頭で理解するのと気持ちが納得するのは違う」からだと思います。
妹と長年接してきて、私達家族の気持ちが付いていかないことがほとんどで、そこらを担当医と話していくと、そうなんだと気付くことがあります。
ですから、本人が受診したくないときは家族が医師に面会に行くだけでも、とても参考になることがあります。私達家族が医師との会話で自分達でどうすれば良いかを気付かせてもらえるのです。
知っていないより知ることの方が、水井さんの仰る「救い」の始まりと思います。
投稿者 行灯さん : 2005年09月04日 14:08
もう一度にしまーせんせの8/22の記事も読みました。
「頭の理解と気持ちで納得することの違い」
これは、これまで辛いながらもどうにか生きのびてきたことから、そうなってきてしまったものですね。
さて、気がつき今後の[生きのビル]をちゃんと地図に建てるには、
まだ幾つものズレの克服があるのかもしれません。
その為にも「気持ちがいい」という判定基準を知るということが必要になってきますね。
投稿者 水井さん : 2005年09月04日 22:59
私の病気についても、両親を始めとする家族の理解は
未だに100%得られているわけではありません。
現在でも、時々見当外れなアドバイスが飛んできます。
また、自分たちのせいで私がこうなったのではないかと
いう、両親の葛藤もやはりありました。
しかしこの4年間、家族とは沢山の対話を重ね、
お互いに言いたいことは言い合えるようになりました。
それだけでも大きな収穫だったと私は思っています。
何と言っても、私自身の心が随分楽になりましたから。
私も、病の知識を得ることが一番の支えになっています。
最近は医学というものに興味すら湧いてきています。
これからは、勉強で得た知識を家族と共有することで、
家族のより密なサポートを得るべく
自ら働きかけていこうと目論んでいます。
「我田引水」とはまさにこのことですね...。^^
投稿者 GOROさん : 2005年09月05日 06:03
>水井さんへ
そうなんです。同感です。
みんなみんな、ある一定の枠内の教育を受けてる為か、「辛くても頑張って生きのびている人」がほとんどです。
だからこれだけ頑張ったのだから、あなたにもできると弱い立場の人につい言ってしまう。病気を持っている当人がはこれ以上どう頑張ればいいのか…、たぶんどこかに消えたくなるでしょう。
強い人は少々放ってても前に進めるのですが、繊細な人はどうしてよいかわからなくなるでしょう。そんなとき「気持ちいいこと」を羅針盤に進めば、自分の先がチョット見えてくると思います。
水井さんのおっしゃる“ズレ”はいわゆる健常者の「気持ち良さ」との基準の違いがどうしても生じます。私達一般に思うと甘やかしに見えそうな「気持ち良さ」は疾患をかかえている人には回復につながる道を教えてくれる大切なものと、私は思っています。
投稿者 行灯さん : 2005年09月05日 10:34
>GOROさんへ
コメントありがとうございます。
私はいつも反省ザルのごとく反省するのですが、姉と言う立場はしんぞう先生の仰るパターナリズム(保護される側と支配する側)が親子と同じような感覚ででいることがよくあります。
彼女が「うるさい姉」という言葉に集約しているように、結局親と同じように接してきたように思います。
GOROさんがカミングアウトされるまでは、きっと悶々として言葉にもできなかった状態がおありになったと知り、現在御自身のブログで表現なさってることは、家族の立場の私でも同じように感じることができて気持ちが前向きになれます。
「我田引水」とは奥深い^^
引き入れることよりGO!GO!GORO!! と思っていました(^−^)
投稿者 行灯さん : 2005年09月05日 10:50
う〜〜〜っむ.......。
行灯様と、私の家庭に環境がよく似ておりましたので
レスを致しました。
私も、身内がそうだったのです。
私の場合は、年齢が離れ過ぎておりましたし、記憶に
残っておりませんでした。
呆然と考えさせられてしまいました。
投稿者 ポー助さん : 2005年09月07日 01:12
>ポー助さんへ
レスありがとうございます。
私の主観で一概に言うのは誤解を生じ偏見かもしれませんが、妹がこの病気で入院していたとき、不思議に同室の患者さんがたの感じが似ているのです。
病気の面からだろうと思いましたら、彼女が退院するころの会話から中級階層意識があって世間の手本になりそうな公務員、教師関係、親が役職に付いている…ごくありふれた普通の御家庭のかたが多いように感じました。
たまたま同室者を似たもの同士にしてあったのかもしれませんが?
明治生まれの親ですと兄弟姉妹が5〜7人って結構あります。私の一番上の姉は、72歳で私が物心付いた頃には嫁いでました。姉って言うより叔母のようです。
ポー助さんも御兄弟多くてらっしゃるのですか?
投稿者 行灯さん : 2005年09月07日 07:05
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