行灯さま、おはようございます。
五木寛之さんのご著書は、根底に仏教や精神医学といった深いものがありながら、何気なく説いていらっしゃっているのが特徴ですよね。行灯さまのお話でとてもよくわかりました。
思いを共有したくTBさせていただきました。このお話の続き、もちろん期待しています!
投稿者 水井パセリさん : 2006年01月17日 09:09
>『不安は人間を支えていく大事な力である』
>そのように考えてみようと思いました。
このパラドックス的な展開が、すごいです。
投稿者 水井パセリさん : 2006年01月17日 11:45
パセリさん、コメントとTB.ありがとうございます。
パセリさんは、いつも良い方に解釈し話題を広げて下さるので、とても勉強になります。
私の場合は、看護学で「不安の除去」っていうのをケースバイケースで学んだのですが、それはおおかたが痛みとか不快感とかの症状に伴う肉体的なものでした。
その内現場に出て気付いたのですが、慢性疾患の患者さまの不安は底が見えないのです。それを若輩のペーペーの看護師がどう和らげることができるのか…?
気を紛らわしても、不安を除去することはほとんど不可能でした。
そうなんだ、パラドックス的に背中合わせの状態で見ると患者さまに不安を減らせてたかも…。
いつも競走馬みたいに前ばかり向いてるものですから(^−^;
私は五木氏は硬い人というイメージがあって、「カモメのジョナサン」の翻訳とか雑誌のエッセイ位しか読んだことがありませんが、この文庫本は気軽に読めました。
投稿者 行灯さん : 2006年01月17日 17:27
ほんと、ひとは不安を抱えて生きているのに、それが表にだせないのは辛いですね 不安を抱えていて当たり前なのに。心が傷つくのも自然なんですよね。だから、それを自然にお互いに受け止め合っていけるということができない今の時代は確かに難しいかもしれません
投稿者 ニノチカさん : 2006年01月18日 09:35
にのせんせ、こんばんは。
>不安を抱えていて当たり前なのに。
そこなんですよね。今の忙しい人はそれを抑えられて忘れていて、不安のある人の気持ちに添うことを難しく思っているのかもしれません。
自分が仕事を辞めてゆっくりした生活のペースになって、意外にも当初時間があり過ぎて不安になった時期がありました。不安を感じる時間もない位仕事が忙しい時よりももっと不安だったのです。何か目的があって動く間は自分にある程度自信があるから、不安も表に出てこなかったのでしょう。
不安ってにのせんせのおっしゃる通り抱えていて当たり前なんですね。
仕事をしなくなってしばらくは何も手につかなくなり、何か自分に課さないとダメになるのではと…不安であせりました。あせればあせるほど不安が増えました。ところが、ホケーっと自然にしてると自分が見えてくるというか大きな風船のような不安が小さくなりました。
投稿者 行灯さん : 2006年01月18日 21:09
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