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病気の発覚と神奈川での新生活が重なったことが、家族の心労を倍加させてしまいました。妻は、まだ誰も知り合いのいない公園で2歳の太郎を遊ばせながら、これから自分と子どもたちだけの長い長い時間が待っているのだろうかと、言い知れぬ不安に襲われたと語っていました。
小学校に入ったばかりの桜は、元気に新しい環境に適応していきました。しかし、両親の神経がささくれ立っていますから、叱られる機会も多くなります。私と二人になった時、彼女の言ったことばが忘れられません。「最近お母ちゃん、笑わないね」。幼いなりにわが家に生じた異変を感じとっていたのです。
そんななかで救いは太郎の存在です。何しろ2歳。何も分かるわけがないのでお気楽そのもの。『ノディ、いまなんじ』というアメリカ人が書いた時計つきの絵本を読んだことがきっかけで、異常に時間に関心をもつ子どもになっていました。街で時計を見つけると「いまなんじ?」と必ず聞きます。時間は時計ごとに異なる、と信じてもいたようです。デパートの時計売場に行った時など、つぎつぎに時計を指さして「いまなんじ、いまなんじ、あーいまなんじ?」とほとんど半狂乱のありさま。酒屋さんで秤をみつけても、「いまなんじ?」と尋ねます。
ある晴れた日曜日のことです。団地の近くの大きな公園に家族で行きました。みるとアベックがいちゃいちゃしています。彼らは抱き合って口づけをかわすと、そのままごろごろと転がりはじめたのです。まだ着衣の乱れこそ生じていませんでしたが、口にするのもはばかれる行為に移行するのも時間の問題と思われました。
そこへ太郎が駆け寄ります。男の腕時計を指差して「いまなんじ?」と尋ねたのです。アベックは一瞬虚をつかれて呆然とします。が、すぐに女の方はげらげらと笑いはじめました。男の方も苦笑いしながら、太郎に時間を教えてやっています。非常識だけど、悪い人たちではなさそうです。
気の滅入る闘病の日々のなかで心から笑うことのできた貴重な瞬間でした。
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