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太郎は神奈川に移ってきてからしばらく、時計に熱中していました。2歳の時のことです。レストランのウエイトレスさんの時計をみると「いまなんじ?」と尋ねます。あげくのはてには「いまなんじ」、「51分9分かなあ」と奇妙な自問自答を始めます。「大きくなったら何になりたい」と聞かれると「時計」と答えていました。
骨髄移植の治療が終わり、退院してみると太郎の時計熱は冷めていました。翌年の2月ごろだったと思います。所用があって隣の町田を尋ねました。太郎を連れていきました。激烈な治療で20㎏は体重が減り、肌は放射線焼けで真っ黒。感染予防で大きなマスクをつけ、髪の毛のなくなった頭を隠すために帽子をかぶっていました。ぼくのいでたちは傍目に異様なものだったと思います。実年齢より相当老けてみえたことでしょう。
帰りの電車のなかで、70代と思しきご婦人がぼくに「どうぞ」といって席をゆずろうとします。ぼくは,まだ40代ですといって辞退しようとすると「ご冗談を」。老けてみえるという自覚はあるものの、自分の母親ぐらいの年齢の女性に席をゆずられたことはショックでした。しばらく譲り合っていましたが、結局太郎が座らせてもらうことになりました。
「お嬢ちゃん、何歳?」。太郎は小さい頃、よく女の子と間違われていました。「赤ちゃん」と太郎は答えます。「そうなの」。ご婦人はやさしく微笑みます。「大きくなったら何になりたい?」というご婦人の質問に「生まれ変わる」と太郎。電車はあっというまに相模大野に着いてしまいました。太郎とご婦人のシュールなやりとりをずっと聞いていたかったぼくは、後ろ髪を引かれる思いで電車を後にしたのです。
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