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2007年4月にがんの診断を受けるまでは、ポジティブシンキング(前向き思考)でした。また、これまでの入院中に何人もの見舞客から「ポジティブシンキング、つらいことがあってもくよくよせず良い経験をしたと思って前向きに生きよう。」と言われたり、電子メールをもらいました。
しかし、入院中に次の画像の「世の中がわかる「○○主義」の基礎知識 書籍 PHP研究所(吉岡友治著 《小論文講座主宰》」という本を読んで、考えが変わりました。

出典:http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-69276-0
この本の206・207ページに防御的ペシミズム(悲観主義)という考え方が、次のとおり書いてありました。
防御的ペシミズム(defensive pessimism)。何かするときに、考えうるなかでもっとも悪い予想をイメージする、あるいは非現実的なほど悲観的予想をしておくやり方だ。そうすれば、実際におこることは、たいていそれよりましだから、がっかりしたり落ち込んだりしないですむわけである。たしかに、これは、悪いことが起こったときに「結局、そんなに悪いことではなかったんだ」と自分に嘘をついてまで納得させるポジティブ戦略よりは、多少賢い方法かもしれない。なぜなら、無理に納得させるという努力はかえって不安をかきたてるからである。
風邪のレベルなら、気合い、精神力、ポジティブシンキングで治るかもしれません。しかし、がんのレベルだと、あまりくよくよしたり、悲観していると家族などは心配しますが、薬効、手術の手技の巧拙が運命を大きく左右することを身をもって体験し、防御的ペシミズム(悲観主義)でいたほうが落胆しないですむと実感しました。
退院後も引き続き防御的ペシミズム(悲観主義)をとり、血液検査の結果が最悪を想定して、心と仕事や生活の準備をしておけば、考えうるなかでもっとも悪い予想は、再発そして死なので、今後ともどんなことが起こっても、すべては起こるべくして起こり、事実を客観的に認識するようにしていこうと考えています。
この本の209ページに書いてあった次のことが忘れられません。
楽観主義(~略~)次から次へと現れる「悪いこと」を「悪いこと」として正しく認識せず、むりやりに美化することしか方法がないのだとしたら、それはむしろ人生として失敗だといったほうがよいだろう。
さて、2008年2月7日の夕方に入院していた病院の事後追跡調査検査を受けに行きました。
診療時間終了近くに行って処置室で腫瘍マーカーを調べるための血液検査を受けました。
血液検査を行う理由は、次の事例があるからです。
日本泌尿器科學會雜誌
The Japanese Journal of Urology
Vol.86, No.10(19951020) pp. 1587-1590
社団法人日本泌尿器科学会 ISSN:00215287
書誌情報
CA19-9値が高値を示した尿膜管癌の1例
A CASE OF URACHAL CARCINOMA ASSOCIATED WITH ELEVATED LEVELS OF CA19-9
http://ci.nii.ac.jp/naid/110003088655/
この病院は直営で腫瘍マーカー検査を行っており、約1時間後に結果が分かるのです。外来受診を受ける時間はたいてい遅れることから、主治医はこれを考慮して私のためにわざわざ遅めの受診時間及び血液検査時間を設定してくださいました。
すると、受診時に主治医が、検査担当者から診療時間ぎりぎりの検査は、看護師や検査技師の労務管理上支障を来しかねないので、検査結果が判明する時間を考慮して、1時間早めに血液検査を受けてほしいという依頼があったので、これからは早めに検査を受けてほしいとおっしゃいました。
主治医は、検査担当者に診療時間終了近くの外来患者の血液検査結果は出ずに翌日以降になるのか確認してくださり、何とかしますという返事を受けて、1時間後の診察時に私の検査結果は正常値内であるとおっしゃいました。
この病院が掲げる患者様本位とは違うよなと思いましたが、看護師や検査技師の激務振りも分かるので、次回の予約はこれまでの夕方から昼過ぎへと早めになりました。
昨年は260日間仕事を休みました。退院後の事後追跡調査を想定して、年次有給休暇を少し残していました。勤務先は、年次有給休暇を時間単位で取得できるので、1時間単位で取得して検査に行っていたのです。
2007年度もあと2か月を切り、残り少ない年次有給休暇を心配していても、最悪の事態が起これば、年次有給休暇で対応できるものではなく、病気休暇を取得することになるかもしれないので、いっそのこと年次有給休暇の完全消化を目指そうかと思います。
【膀胱がんウェブカフェ(仮訳)】
リラックス、瞑想及びイメージトレーニング
私たちは、楽しいものをつかもうとし、それは決して変わらないものとしてすがりつきたいと思っています。さらに、私たちは、恐ろしいもの、悲しいこと又は苦痛は追いやりたいと思っています。私たちの精神の中では追いやること、引き寄せることが続いていますが、苦しい経験は決して去らず、楽しい経験は決して大きくなりません。
↓(詳しくは)
http://idomov4.netfarm.ne.jp/~bh001111/4644072b/i/newpage31.htm
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