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2010年5月26日のブログエントリー(記事)に書いたように、生死をかけた膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がん実験的治療は失敗し、死を覚悟しました。
死を覚悟したとき、人生はどう変わるのか。このことについて、2010年5月29日の朝日新聞の土曜版のbe on Saturday(ビーオンサタデー)という別冊に連載されている「悩みのるつぼ」と題する人生相談に解決方法が書いてありました。ちなみにこの日の回答者は、作家の車谷長吉氏でした。
相談の趣旨は「22歳の学生です。やっぱり人は、大事な誰かのためや、目的達成のために日々生きているのでしょうか。それとも、死ぬのが怖いから必死に生きているのでしょうか。」です。
次は、この記事の抜粋の引用です。
悩みのるつぼ
死ぬのが怖いから生きているの?
相談者 学生22歳
22歳の学生です。
どうして人は死を恐れるのでしょうか。
(略)
やっぱり人は、大事な誰かのためや、目的達成のために日々生きているのでしょうか。それとも、死ぬのが怖いから必死に生きているのでしょうか。
回答者 作家 車谷長吉
(略)
死は存在の消滅です。だから恐ろしいのです。それを回避する道はありません。
人はいずれ自分にも死が訪れることをあらかじめ知っているので、自分の死後もかつて自分が存在したことを明示したいがために、芸術・哲学・文学の作品を、この世に残そうとしました。古くは万葉集の時代から、堂々としてそうしてきました。ある意味では、愚かなことです。自分の死後のことは、誰にも分かりませんから。
(略)
私はあなたのことを、考えが甘いともごうまんな人とも思いませんが、人はある年齢に達すると、自分にもいずれ死が来ることを、はっきり覚悟する必要があります。極端に言えば、そこからはじめて真(まこと)の人生は始まるのです。この死の覚悟のない人は、駄目な人です。世の7割ぐらいの人は、人生が始まることなく、終了の日を迎えます。私はそういう人を多く見てきました。気の毒にとも思うし、その方がよいとも考えますが、どちらにしても、人としてこの世に生まれてきたことには、一切の救いはありません。
出典:朝日新聞2010年5月29日 be on Saturday b10
これを読み、自分が存在したことを明示したいという潜在的意識があってブログを開始したけれども、「自分の死後のことは誰にも分からない。」ということを認識していなかったことに気付き、自分の浅はかさを思い知りました。
死は覚悟したけれども、真(まこと)の人生は「始まる」のではなく「始める」必要があるようです。どう死ぬのかではなく、どうやって生き、何をするのかについて優先順位を付け、実行したいと思います。
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2008/06/24 Yahoo!カテゴリ登録 癌 >闘病記
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手術後の痛み(その2)
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