人それぞれに副作用の感じ方は違いますものね。楽な人は恵まれた人と思っていました。辛さの最後を見てしまうとはい上がるしかないのですよね。でもはい上がれない。自分に優しく甘やかし何もしなくて良いのと、唱えているもう一人の自分がいて後半年の辛抱だからと言ってみたりで一日でも早く日々が過ぎていきますようにと祈っています。
投稿者 笑えればさん : 2005年07月01日 12:11
そうですね、笑えればさん。
治療の感じ方も、それを表現する方法も、みなぜんぜん違う。ウィルスの減り方だって、イライラの仕方だって、ぜんぜん違う。こんなに再現性が無いのに、医学ってよく自然科学としてやっていけてるなぁ、なんて思うのですよ。
この非日常が後半年しか続かないと思うとさびしいと思うのか、後半年したらこれが日常だったんだなと思えるのか、ウィルスがいるのかいないのか、その先が有るのか無いのか、きっと全部未来の自分が判断してくれると思うので、今は淡々と行きますか。
投稿者 藤居芳生さん : 2005年07月02日 00:12
ほんとに経験しなければわからない、と私も思います
わかったようなふりをするのがいけないかもしれないし
わからないことをふまえたうえでサポートできることもあるのだろうと思います...同じ「がんばれ」と言われるのでもその奥が見えるというか、同じ言葉でも感じ方がちがうなーということもありますね
投稿者 ニノチカさん : 2005年07月02日 20:22
ニノチカせんせ、私もよく勘違いします、C肝患者だから、C肝患者の立場を代弁できると。でも、そんなの絶対にありえません。
他人の気持ちはわからない、だからこそ、それを前提にするからこそ、思いやりという感情が出るのかな、なんて思ったりします。
やっぱり「頑張れ」は難しいことばです。
投稿者 藤居芳生さん : 2005年07月02日 22:54
まったく、この薬、これでもかと手を変え品を変え、副作用がやってくる。一つがおさまるとまたつぎなり。仲良くするしかないが、どこかで自分をほめて上げたいきがするよなぁ。(←おいら、がんばれ)
投稿者 CXQ02002さん : 2005年07月03日 08:12
そうですか? 途中からそんなにつらくなることもあるのですね。
IFNの自己注射が可能となり、これをAST,ALTを基準値内に抑える意味で長期投与することも考えられていますが、その場合に止める目途がありません。やはり、そんな投与方法は難しいでしょうね。
投稿者 加藤眞三さん : 2005年07月03日 23:20
加藤センセ、私の場合は特別かもしれませんが、実感としては辛いですね。「辛い」は、具体的な症状に加えて精神的なものも含めて。
今週は、入院以来始めて38℃越えの発熱。ペグイントロンの注射に連動したかのような出方でしたが、主治医によると「風邪の類」の可能性もあります。
逆に言うと、何かあるとすぐ副作用の所為にしてしまう心の持ちようも深刻ですね、自己分析として。
投稿者 藤居芳生さん : 2005年07月07日 07:02
私は思った以上に副作用が辛く、思った以上に副作用が軽いと両極端な複雑な思いでしています。やはりいろんな副作用が出ました。最初の二、三週間は軽いインフルエンザにかかったような症状と一番辛かったのが激しい動悸でした。毎日、一日中。不整脈剤や安定剤は必要不可欠でした。下痢の連続。ペグを始めた頃から頭の中がぼーっとしているような。やっと動悸や下痢が治まり、次には胸とお腹と背中に発疹。疲れやすい体になったと思いますし。ペグをして三日経つと副作用をあまり感じなくなり、楽勝とも思ったり。けれど疲れやすいのはずっとあります。でも副作用を乗り越えていかなければウイルスの取りようがなくなるし。かといって、辛い副作用に耐えたからといってウイルスが必ず取れるという約束もありませんし。とにかく副作用は仕方ないのかな、と思いながら希望を手放さないようにしっかり握っています。本当に、副作用といい、結果といい、もどかしさはありますね。
投稿者 ななこさん : 2005年07月10日 23:18
|