ただのメールにせよ、メーリングリストにせよ、ブログにせよ、ネットにおけるコミュニケーションの基本は対話です。相手の言葉を聞き、自分の意見を言う。
言葉のやり取りの積み重ねによって、相互の意思が伝達される、はず、です。しかし、これらのネットでのコミュニケーションはほとんど言葉のみのやり取りであるために、しばしば軋轢を生みます。リアルで会って話しているときは起きないであろう、争いや喧嘩が生まれることがあります。
もちろんリアルの場でも言葉の行き違いや喧嘩は沢山あります。しかし、相手の姿が見えない言葉のみの世界では、やはり、より配慮と想像力が要求されるのではないかと思います。たとえばリアルの場でなら、相手の体調やその時の顔色、全身から醸し出される雰囲気に応じて言葉や態度を選ぶと思います。真っ青な顔をして今にも倒れそうな人を前にしたとします。その時、相手を気遣う気持ちは生まれても、相手の負担になるような話などは持ちかけないでしょう。時と場所と相手の様子を見て話すでしょう。
ところがネットでは相手の顔、相手の姿が見えません。このため、相手への配慮を忘れがちになる傾向が見られると思うのですが、いかがでしょうか。
ほとんど言葉のみの世界。そこで相手の状況や立場を思いやるのはリアルよりも難しいかもしれません。だからこそ、対話相手に対する配慮と想像力を欠かすことができないと思うのです。今、そこに実際に人がいる。ネットの向こうにはただ言葉を吐き出すマシンがあるのではなく、人がいる。ネットの向こうの人の姿を忘れたとき、ネットでの対話は成り立たなくなり、そこには殺伐としたデジタルの文字列のみが流れていくことになるのではないでしょうか。
そしてそれと共に大切なのは、対話、議論というものが、異なる意見を持ったもの同士が言葉を積み重ねることによって、より良き、より深き、相互、あるいはコミュニティ全体の合意となるような意見へと、それぞれの意見を昇華させて行く共同作業であるということを忘れずにいていただくということです。
それぞれ異なる環境、異なるバックグラウンドを持った人同士の意見を刷り合わせることは、時として難しい場合もあります。しかし、相手の話を聞く耳を持ち、持論にこだわり続けなければ、そこに新たな視点が生まれて来るものと思います。ひとりだけでは到達できなかった新たな世界が見えることがあるとも思います。
このMELITがそんな実りある対話、議論の場となることを祈ります。
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