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  2006/03/18 同時多発花見のお誘い

このMLEITを運営していますクロッシングフィンガーズのオフ会後半に参加されていなかった人には何のこっちゃらだと思いますが、4月5日(水)、あなたもどこかで桜の花を見ませんか。
場所はどこでも構いません。とにかくうつむいて歩くのをちょっと止めて、桜の花を見る。
それだけの、イベントです。
場所は問いません。所によっては、桜が散っていたり、まだ蕾かもしれませんがそれでもOK。とにかく桜を見ませんか。

これを提案したのは、「簡単なメッセージほど伝わる」というkikuさんの言葉からです。

そうかもしれません。

私は、今、多くの子らに「今年の桜を見るまで生きていような」と呼び掛け続けています。
私が語りかけているのは、鬱病、パニック障害、摂食障害、解離性同一障害、肉親からの虐待など、それぞれ重い荷物をしょった子らです。
生きているのが辛くて辛くてしょうがない、死にたい死にたい、でも死ねない子らです。

死にたくてのたうち回っている子らに、掛ける言葉って本当にないです。
リアルで互いに抱きしめ合うことができたらどんなにいいかと思います。
でも、それはできません。

だからリアルの共通体験として、とにかく今年の桜を見るまでは生きていようなと約束し合っています。
先のことなんてわかりません。
遠くまで考えろといっても無理です。そんな余裕ないです。
だから、とにかく今年の桜を見るまでは、みんな、生きていようよなと、約束し合っています。

それなら、4月5日と日を決めて、その日はとにかく、みんなで場所は離れていても花見しようかと思った次第です。
物理的に離れていても、一瞬でも心繋がる日があれば、一瞬でも共に体験することがあればと。

4月5日にしたのは、桜の見頃だからと、たったひとりの妹の誕生日という意味もあります。

家出した私は妹とは二十年以上ほとんど口をきいたことがありません。
親の面倒など、妹に被せていると思います。

まあ、せめてもの、その罪滅ぼしですね。

投稿者 yuko : 02:09 | コメント (3) | トラックバック (3)
  2006/03/14 包括的に見てくれる人の必要性

私が現在の主治医にかかって丸2年になります。

昨日、互いに驚愕したことがあります。
医師は私が仕事をしているとは知らなかったのです。
仕事ができるとは想像だにしていなかったのです。

言われてみれば、医師には病状しか訴えていませんでした。
医師が私の生活事情など知らないで当たり前だったかもしれません。

しかし、私は私で、医師は私の生活環境を把握しているものと思い込んでいました。
もの凄いチグハグなことがそこで展開されました。
互いにびっくり顔です。

闘病の上で大事なのは、生活基盤です。
生活基盤があれば、病気の不安や苦悩はかなり緩和されるでしょう。
実感として、そう思います。
ところが大抵の医師は病気しか診ません。
仕事、生活も含めて、包括的に見てくれる人の必要性を改めて感じた次第です。

しかし、仕事もせずに、ひとり暮らしで、何で食べていたと思っていたのでしょうか、私の主治医は。
霞でも食べていると思われていたのでしょうか。
本当にそんな所に想像力を働かせていただきたいものです。

投稿者 yuko : 20:44 | コメント (10) | トラックバック (0)
  2006/03/10 病気と仕事

病気を抱えながら、でも一家の生計も立てなくてはならない。
あるいは、主婦として家事をしなければならない。
外に出て働く仕事、家の中の仕事。
病気を抱えながら働くことの大変さを日々痛切に感じています。

病気を抱えているだけで手いっぱいなのに、人それぞれしなければならないことがあります。
時には無理をしてでもしなければならないことがあります。
病気を抱えた人のサポート体制が会社にも、日常生活にも日本は不足しているなと感じます。

不況から脱しつつあると言われている日本ですが、リアルの感触ではむしろギスギス感が募り、「勝ち組」「負け組」といった無神経な言葉が跋扈しています。

共に苦しい所を支えあい、すべての人が少しでも幸せな人生を送ることができるようになれば。

そう、すべての人は、どんな立場でも、幸せな人生を送る権利があるんです。
そのことが忘れ去られているような現在の日本社会に悲しさを感じてしまいます。
互いに互いを思いやれる社会へと日本が変わるためには、まずは病気の理解から、そして患者さんの立場の理解から。
こんな病気でも働いている人がいる。
こんな病気で働く上ではこんな苦労がある。
そういった認識がもっと広まれば、病気を抱えながら、外で、家で働いている人の苦労が少しでも減るのになと思います。
MELITブログや掲示板に書き込まれている方々のそれぞれのご苦労を思うにつけ、病気を抱えながら働く人のことを思います。

そして働きたくても働けない人のことも同時に思います。

働かざるもの食うべからず。

そんなことはなく、人はどんな立場であろうとも、幸せに人生を送る権利があるのにと。
なぜそれを認めることができる世の中にならないのかと。

投稿者 yuko : 17:09 | コメント (4) | トラックバック (0)

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