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(消化器内科)
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2005年09月02日 代替療法を求める心

 当サイトの仁野千香さんのブログでビオチンが話題になった時、医師側に拒否感や拒絶反応を示す傾向が見られた。医師だけではなく、患者の側でも苦い思い出を持っている人が何人かいて,、その記事を否定的にとらえていた。

 確かに、代替医療の中には本当に有効なものもあるが、無効なものはそれ以上に多い。そのことを知りながら、業者が金儲けの手段にしていたり、場合によっては有効でないだけではなく身体に有害な作用をおよぼす化学物質が加えられている例さえもある。そして、それらは、有効性が試験されていないことが、むしろ大切だという感がする。

 仁野千香さんがビオチンにたどり着いたのは、自分が皮膚科の医師だからという専門家の関心ではなく、夫が乾癬になって有効な治療がないという現実に、非専門家として直面したからであった。患者としての視点からのアプローチである。乾癬に限らず、現代医学で有効な治療のない病気は数限りなくある。それらの病気に直面した時、医師は何をできうるのであろうか。

 多くの医師は、自分の道具箱の中にないものには興味を示さない。つまり、自分が有効な治療のできる疾患をもつ患者に対しては職業的関心を示しても、それ以外となると自分の守備範囲外だからと追い払ってしまう。

 
 私が都立広尾病院から大学病院に異動があって間もない頃、飛行機でシカゴに行く機会があった。機内のアナウンスで急病人がいるからと医師を求めていることが伝えられた。どんな症状であるのかは知らされないため、果たして自分の手に負える患者であろうかという思いもあったが、医師として私は乗務員の呼び出しに応じることとし、病人のいるところへと導かれた。

 幸い、患者の症状は私の専門とする腹痛であり、重篤でもなく、本人が持っている薬の中から選んで飲むようにと助言し、間もなく症状はおさまり事なきを得た。この時、私は、救急の症状に対して有効であると考えられる薬類や診察道具が機内には一切置かれていないことに驚かされた。そして、私の父親が、旅行に出かける際には、ニトロール、ブスコパン、ステロイド、鎮痛剤などの薬を、いざという時に備えて準備し常に携行していたことを思い出し、自分にはそのような心構えのなかったことを恥じ入った。

 この飛行機には、シカゴで毎年開かれる米国肝臓学会に出ネするために、全国各地の大学医学部の著名な教授をはじめ、40人近くの消化器内科医師が搭乗していたが、私以外は誰一人として応じようとしなかった。私はそれらの大学病院の医師に失望を感じていた。

 しかし、救急外来で夜間当直を頻繁にしていた都立病院から大学病院に移り、もう10年以上たってしまった今、私は自分が名乗り出られるか否か自信が持てない。自信の持てない医師が行っても、それは失望を生むだけかもしれない。

 さて、話は少しずれてしまったが、自分の守備範囲に入った患者だけを診てよしとするなら、専門医にとってこれほど楽なことはない。しかし、医療では誰の守備範囲にも入らない患者も多い。自分の専門外であっても、医学を学んだものとして、そして臨床を実践してきたものとして、何らかの形で役に立てるのではという気持ちをもつことは、医師として尊いことではないかと思う。

 私の知人で抗高齢化といって成長ホルモンの療法を試みている医師がいる。このような不自然な医療は、私の好むところではない。もっとも、医療は全てが不自然だといってしまえばそれまでであるが。
また、ホルモン療法を金儲けのためにのみ利用を目論み、アンチ・エイジング医療などと称して売り出している医師がいるが、彼らは自分自身では決して使用しない。

 ところが、私の知人は、自分自身にも使っているし、実の親にまで勧めて実際に治療しているのだ。それを患者さんに対しても副作用も含めた上で説明をし、使っているのであれば、私は彼の態度を拒絶はしない。患者さんに勧める医療は、特にそれが確立した治療でないならば、最低限として自分自身なら使ってみるものであることが、前提とすべきではなかろうか。

 代替医療や民間医療の使用に関して患者側が気をつけるべき注意事項を、私は8月23日の記事に書いた。医療者側では、有効という証拠(エビデンス)がない治療は勧めないと、科学を学んだ者として書いたが、私は実はそれだけでは欠けているところがあるような気がしてならない。

「医師はどこまで患者の立場に立って考えているのか?」

「エビデンスのある治療がないと患者に言ってしまい、それで良しとするのは、医療者側の逃げではないのか?」

私はそんなことを考えながら、仁野千香さんの記事と、執筆陣の間でその後に続いた議論を眺めていた。

代替医療における情報をどのように受け止めるのか。医学を学んだものが、自分のこととして情報を集め、取捨選択しながら考える。その過程を一般の人に述べ伝えることも、このウエッブサイトの目指す一つの役割ではないだろうか。

玉石混淆の情報の中から、どのように自分のための情報を取捨選択し適応するかの技術を伝える、それが患者のための医療情報リテラシーというものであろう。そして、もしその過程が不完全であるならば、そこを議論すべきではないだろうか。

投稿者 katos : 2005年09月02日 01:33
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コメント

私もあのにのちか先生のエントリ記事とその後の議論には、何かまだ議論し尽くされていない残滓感があり、気になっていました。こうして、取り上げていただきまして、いくつかの視点(医療者もいろいろでした)が錯綜していたということが、加藤先生の分解ではっきりしました。
他の先生方や皆様方のご意見を待って、理解を深めたいと思います。

投稿者 虎吉さん : 2005年09月02日 09:28

考えさせられる、投稿を有り難う御座いました。
あえて、にのちかセンセの投稿に挑戦させて戴き、かえって何か、得る物が有った様に思います。

>自分の守備範囲に入った患者だけを診てよしとする
>なら、専門医にとってこれほど楽なことはない。
>自分の専門外であっても、医学を学んだものとし
>て、そして臨床を実践してきたものとして、何ら
>かの形で役に立てるのではという気持ちをもつこ
>とは、医師として尊いことではないかと思う。

その人に為をと思って、働きかけるかけがえのない
エネルギーを感じる事が出来ました。
加藤先生、有り難う御座いました。

投稿者 ポー助さん : 2005年09月02日 22:27

私の場合は意識上は基本的に信頼できる機関で(その信頼できる機関と証するところの証明が難しいですが)効果が実証されれば信じてもいいとは思いますが、実際にはそれはなかなか素人では判断が難しいのが実情です
サプリなどは気休めと思いながら、ウコンなんか飲んでいます
サプリは代替医療の範疇とは違うと思いますが、近年のサプリブームを見ると一種の代替医療になってきているのではと感じています
肝疾患にも(正確にはウイルス性肝疾患)温熱療法、ウイルス透析(?)などありますが、効果があった人やまったく効果がなかった人がいたりして、標準的な治療とは程遠いようです
一患者としてはわらにでもすがりつきたい人もいるわけで(私のことではありませんが)、お試ししてしまう方もいるのが現実でしょう

定期的に医師の診察を受けていない人に関しては、医師のフォローは不可能ですからここでは除外するとして、医師の診察を日常的に受けている者は、医師に相談してみるのがやっぱり医師の立場で考えると必要なんでしょう
当然、ほとんどの先生は「そんなもの効果がない」、「効果は証明されていないし、予想できない危険性もある」というのでしょうね
でも効果がないことも証明されていないわけで、たとえ業者の作文であっても「患者さんの声」として「これで良くなった」(完治したとは書かれているのは見たことないですが)と書いてあったりすると、そそられてしまうのは現実でしょう
特に「医学博士」の肩書きで推薦文などが有ったり(医学白紙だったりして^^)すると信じる気持ちは高まりますよね
患者としては、理論的にまったく効果がないと推測されない限り、試したい気持ちはあると思います
そこで主治医の先生が、認めるのではなく、「もしやってみるのであれば、体の状態を詳しく検査してあげます」、「異常があれば止めてください、異常がなくても数ヶ月で効果が現れないようであればやはり辞めたほうがいいです」、「これはあくまで自己責任で、あなたに悪い影響があったら困るので、ここではきちんと検査し、奨めはしませんが、フォロー(言葉の意味が適切か疑問ですが)はします」
という感じならどうでしょう
でも「暗黙の了解」ととられたら困るから、やっぱり無理かな

投稿者 sasadonさん : 2005年09月02日 22:39

エビデンス重視の医療での問題はまず、「医者と患者の出会い」という部分とかがなくなることだと思います。

漢方だとたとえば、その患者さんの「証」がまずあって、たとえば「虚」を補うか「陽」を抑えるかというところにも、それぞれの医師の判断の違いが現れます。
その目の前にいる患者さんとその医師が、そのときその場で出会う、というところから、治療法の違いが出てきたりすると聞きます。

 そのような個別性を大事にする医療と、たった一人の「あなた」ではなく均質化された患者集団を対象に統計学的手法で計算された医療と、どちらが優れているか、正直まだわかりません。

 あと、いろんな医学論文を読む中で、統計学的な有意差をだすために切り捨てられていることがあることや、日本でまかり通っているエビデンスのなかに、まったく薬物代謝の特性が違う違う民族集団からとられたものがあるということも知りました。
 エビデンスがある=安全ではないとおもうのです。

 massを対象にした統計学的なエビデンスがないから、という理由だけで意味のない医療とされてしまうのは、ちと厳しい気がします。

 僕自身は、その患者さんに害が及ぶ可能性が少ないのであれば、何でも試してみたい気持ちがあります。
 
 でも裁判になったりしたときは、やっぱりエビデンスとかそういうのがある、「安全圏」にとどまった医療のほうが有利なんですよね。

なんでもして助けてあげたいという気持ちは、医療者のエゴかも知れませんが、それをものすごく責められるんだったら、自分の範囲以外には出て行かない、という医者が増えてもおかしくない気がします。

投稿者 foobirdsさん : 2005年09月03日 03:11

こんにちは、コメント欄に書いていたら長くなってしまいましたので、TBしました。すみません…

投稿者 にしまーさん : 2005年09月03日 18:03

寅吉さん。ポー助さん。 いつもコメントをありがとうございます。この問題はゆっくりと考えていきたいと思います。


sasadonさん。 私は基本的に下記の立場にいます。
「もしやってみるのであれば、体の状態を詳しく検査しましょう」、
「異常があれば止めてください、異常がなくても数ヶ月で効果が現れないようであればやはり辞めたほうがいいでしょう」、
「自己責任であっても、あなたに悪い影響があったら困るので、ここできちんと検査し、フォローはしましょう」

foobirdさん。そうです。エビデンスのないもの全てが間違いではないのです。ところが、エビデンスのないものは間違いとする護身的な医療ばかりにならないかと心配です。

投稿者 加藤眞三さん : 2005年09月04日 14:36

なんと嬉しい限り、そんな風に考えてくれる先生がいたなんて
私もサプリ好きですが、栄養補給程度でXXに効果あるなんてのは信じていません
でもエビデンスがなくても良いものはありうるわけですから、つい飛びついてしまう心理も解ります
本当は皆健康になりたいのですから
加藤先生のような医師が当たり前になってくれれば、治療を受ける患者も安心して、苦痛が少なく闘病できると思います(精神的な苦痛です)
なんかほっとしちゃいました
保身に走る先生、知ったかぶりの先生もまだまだ多い状況で、徐々に医師の意識、患者の意識が変わっていっている流れをひしひしと感じています

投稿者 sasadonさん : 2005年09月04日 23:46

飛行機の中でアナウンスがあって、私自身も自ェが立ち上がれるかどうか心配ですが、多分なんにもできないだろうと思いますがそれでも立ち上がるという気持ちを持ちたいと思いました そして最低限の救急箱を持っている事って確かに医師として必要ですね 薬箱の確認をしなくては、と思いました 母は看護婦なのに医師を求めるアナウンスで立ち上がり、胸痛の患者さんの話を聞き、荷物を開け、薬を取り出し、脈をとり、励ましたのだそうです そんな初歩的なことなのに患者さんはよくなられたそうです ナンにもできないけど何かできるという気持ちは大事ですね

ところでビオチンからはじまったサプリの話の考察をどうもありがとうございました しんぞう先生の数々のエントリーのなかでも特に好きなエントリーになりました いつも学ばせていただいてます

投稿者 ニノチカさん : 2005年09月05日 00:18

今朝、新聞(地元紙)を読んでいたら、女優の奈美悦子
さんのインタビュー記事が載っていました。
彼女は「掌蹠膿庖症性骨関節炎」という、原因も治療法も
分かっていない難病の治療中であることをカミングアウト
し、話題になりました。沢山の病院を受診してもお手上げ
状態で、最終的に彼女の行き着いた先が、
先日ニノチカさんのエントリーで取り上げられた
前橋医師の「ビオチン療法」なのだそうです。

そんな彼女の言葉がとても印象的でした。

「主流になってはいない治療法であっても、
『試してダメならまた考えてみよう』という
スタンスの医師が一人でも増えてくれないものか。」

これが、しんぞう先生のおっしゃる
「フォローする医師」なのだと思いました。
病に苦しむ患者にとって、このような姿勢で治療に臨む
医師はこの上なく頼もしい存在になると思います。

たとえ現時点でスタンダードな治療法であっても、
リスクを伴うものは必ず患者の同意が必要になります。
同様に、サプリ等を用いた治療に取り組む場合でも、
お互いの同意と信頼関係があれば、お互いに前向きに
対処していけるのではないでしょうか?

投稿者 GOROさん : 2005年09月05日 14:20



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誠に申し訳ありませんが個別の治療相談は行っておりません。
詳しくは「ご利用上の注意」をご覧ください。

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