慢性病や終末期の患者さんが持つ不安には二つの要因がある。一つは情報の不足に起因する不安;インテレクチャルペインであり、二つ目は、回答のない問いから生じる不安;スピリチュアルペインである。
一つめの情報の不足や誤った情報のために悩む患者さんは多い。
「自分のかかえている病気のような経過をたどることが多いのだろうか?」
「検査でこんな値が出たけれども自分はがんではないだろうか?」
「今度、ラジオ波で肝臓の腫瘍を焼きましょうといわれたけれど、おなかの中に針をさして焼くなど信じられない。怖い」
これらは、適切な医療情報さえ患者さんに届けば、ある程度解消される悩みだ。
このような情報の提供は、最近インターネット上のHPなどを通して充実してきている。がん患者さん向けには、国立がんセンターが「がん情報サービス」のHP(http://ganjoho.ncc.go.jp/public/index.html)を立ち上げ、情報を提供している。それ以外でも、厚労省、学会、製薬メーカー、病院、大学医学部からクリニック、健康食品販売店などのHPがあり、様々な形で医療情報が提供されている。
さて、このような情報提供が整備されることにより生じてくるのは2番目の問題である。HPをたどってみると、実は、自分の病気に有効な治療法などないことを知ってしまう。もう、今の病状では自分の死も近いことを感じとってしまう。
一昔前まで、本人にがんであることを伝えるのが稀であったのは、この2番目の問題を避けるためでもあった。患者さんの家族だけに、病名とその後の経過予測(予後)を伝え、医療者と家族は本人に対しては病名を隠すこことを優先した。
しかし、実はそのことにより患者さんはますます孤独感を味わっていた場合も多い。また、現在では患者の家族にではなく患者さんに病気や病状知る権利があるとされ、患者さんへの情報開示が進み、本人が希望さえすれば病名や病状告知は当たり前となってきた。
ここで大事なことは、本人が望まないことまで知らせるべきではないということである。
このような時代背景の下、患者さんは2番目の問題に直面する機会が多くなってきたように思う。
病名と病状を告げられて帰宅後不安になり、深夜に独りでパソコンに向かい、インターネットで自分の病気についてもっと調べたくなる。この時点ではインテレクチャルペインであっても、科学的なデーターを冷徹に突きつけられ死を意識しだすと、ペインはスピリチュアルペインへと移行する。
情報開示は世の流れではあるが、ここに述べたように情報開示には痛みも伴う。そのような痛みにみんなが耐え切れるのであろうか?あるいは、そのような痛みに直面したときに支えるシステムもなしに、情報開示のみが推進されることは果たして患者さんにとって幸せにつながるのだろうか?
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