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2008年12月25日 気をつけたい 「内なる差別意識」 を

病気に差別はつきものだ。

いや、
病気による差別があってよいというのではなく、
誰もが差別意識を持っているということを
意識化することが必要だと言いたいのだ。

ハンセン病の患者さんが、
「自分たちは遺伝性の病気なんかではない」
というのを聞いて、ある遺伝性疾患をもつ人が
「あんな人にそんなことを言われてしまうのか」と
ショックをうけたという話を患者会の集まりで耳にした。

つまり、ハンセン病の人は遺伝子病に対して、
遺伝子病の人はハンセン病に対して差別意識を抱えていたことになる。

1型糖尿病の子供を持つ親が、
糖尿病と呼ばれることが嫌だから1型糖尿病は他の名前にして欲しいという。
自分たちのしつけや教育が悪いから子供を糖尿病にしてしまっているように思われる。
その世間からの目がつらいのだそうだ。

しかし、そこにも生活習慣病である2型糖尿病など一緒くたにされては迷惑だという
意識が見え隠れする。

アルコール依存症ともなれば、2型糖尿病よりより世間の目は厳しい。
そのアルコール依存症の患者も、自分自身がお酒を断ち切れないことに悩んでいる。
そして、家族からも社会からも見放され、孤独感を味わっている人も多い。

アルコール依存症者の集まりであるAAで、その体験談などを聞くと
アルコール依存症の患者も単に好きだから飲んでいるというのではない。
自分の生活が破壊され沈みながらも飲むことを止めることのできない苦悩を知る。
この人たちも苦しんでいる。
飲まざるを得ないような何かをかかえているらしい。

このように病を抱えている人は、それぞれに苦悩をかかえている。
そして、世間からの偏見や差別にも苦しんでいる。
しかし、その病者自身が、同時に他の病を抱える人に差別意識をもっていることがある。

自分自身が差別意識をもちながら、
どうして他人の差別意識を責めることができようか。

他人の差別意識の改善には、
それぞれの人が自分自身をかえるところから取り組まなければならない。

痴呆症を認知症と言い換えてみても、
分裂病を統合失調症と言い換えてみても
社会に差別意識が残ったままなら、
その言葉が再び差別用語になってしまうだけだ。

あなたは、温泉でお風呂に入っている時に
元ハンセン病のひとの団体が入ってきたとしたら
普段と同じ態度で振舞っていられると
自信をもって言い切ることができるだろうか?

もしそうできないのなら
元ハンセン病の団体を断ったというホテルを
責めることはできるだろうか?

あるいは、その時に温泉組合で当番制で
団体を受け入れるホテルを決めるということを
なぜしなかったのだろうか?

熊本県は何故あのホテルだけを宿泊施設にしようとしたのか?

それぞれの人が自分の内なる差別意識に気がついたときに
初めて世の中から差別はなくなっていくことができるだろう。

私たちが望むのは
どのような病気を抱えていたとしても
偏見や差別の目でみられることのない
誰もが住みやすい社会ではないだろうか。

そのためには、まずは
自分自身の内なる差別意識に気づき
そして、それを解消しなければなるまい。

投稿者 katos : 2008年12月25日 16:02
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コメント

非常につらい状況だと思います。病気の人が病気の人の気持ちを理解していないこともある。健康な人、それも、家族や友達に理解して貰えない、差別偏見を受けることになるのはお互いに不幸につながることにみんなで気付いて行けたらと思います。

投稿者 Kawanishiさん : 2008年12月25日 16:35

川西先生

早速にコメントをありがとうございます。
先生のところにも結婚問題で悩む若いウイルス保菌者がこられていることと思います。

B型に関しては感染予防ができても、まだその情報が行き渡っていないのだと思います。

まずは、そのような誤解や知識不足を何とかするところから始めなければと思いますが、その先には内なる差別意識をどうするかという問題があるように思います。

投稿者 加藤眞三さん : 2008年12月25日 16:53

 ガンファイターです。

 済みません、間違って以下のコメントを2007年01月01日 目次(トップ固定)http://melit.jp/voices/katos/2007/01/01/post.html#commentsに書きこみましたが、2008年12月25日 気をつけたい 「内なる差別意識」を に書きこむべきものでした。恐れ入りますが、2007年01月01日 目次(トップ固定)に書きこんだものを削除してくださいますようお願いします。

 【以下は、2008年12月25日 気をつけたい 「内なる差別意識」をのコメントです。】

 2007年4月に膀胱がんの中でも珍しい尿膜管がんの診断を受け、9か月間にわたる加療入院により完全寛解の診断を得て退院しました。2008年1月から職場復帰したのですが、4月に再発し、仕事をしながら5回の入退院を繰り返しました。

 仕事をしながら病気で休むためには、職場の同僚の理解と協力を得ないといけません。しかし、がんイコール不治の病という認識がある中で、理解と協力を求める行動をしなければいけないのは患者の私です。まずは、尿膜菅がんがどういう病気で、そもそも膀胱がんとはどういう病気なのかをまとめ、受け入れ難い冷酷と思える検査結果などを整理してA4サイズの報告書にしてまとめ、こういう状況だから入院する、結果はこうだったと上司に説明します。

 上司の中には、よくぞここまで本当のことを報告してくれましたね、さぞかし大変でしょうという方もいらっしゃいます。また、全く知らない病気について説明を受けて、そういう病気だったのですか、知らないことばかりですねという返事をくれる方もいらっしゃいます。

 幸い、今の職場では、がん患者ということだけでは差別はされていませんが、理解と協力を求めるコミュニケーション能力は、病気になると弱くなっており、説明をうまくしないと、単なるカミングアウトになりかねないと思いました。

 がんに対する差別以外に、膀胱がんについては2008年12月12日の私のブログ(http://melit.jp/voices/fight/2008/12/elephant_in_the_room.html)に書いたように誰もが知っているのに避けて語ろうとしないものを差す英語の慣用句の「部屋の中の象(Elephant in the room)」は大げさではないと思っています。

 病気に対する正しい理解が重要だと思いました。

投稿者 ガンファイターさん : 2008年12月25日 18:15

加藤先生、大変ご無沙汰しております。
内なる差別意識は病気だけではなく、社会のあらゆるところに存在しています。こうした差別から生まれる優越感が、いかに空しいものかをごく幼いころから心に刻む必要があるように思います。一度持った偏見や差別を完全に消すことは、たぶん相当難しいだろうと思うのです。だからと言って、現状の差別問題を放置しようというわけではありません。誰もが相手を思いやる…そんな余裕を持てる社会状況をみんなで創っていかなくてはと思います。

投稿者 nanaさん : 2008年12月25日 18:42

ガンファイターさん
ガンファイターさんのファイトには本当に頭が下がります。がんということで職場で働けなくなった人が多いこともよく耳にします。そんな中でも職場の人を味方につけながら働くことは大変なことと思います。
ここで使われている「病気に対する理解」という言葉は、病気についての知識だけではなく、病気を持つ人の苦しみも含む理解であると私は理解しました。

投稿者 加藤眞三さん : 2008年12月25日 20:35

nanaさん
nanaさんの言われるように、病気についてだけではありませんね。

差別や偏見は社会のいたるところにあります。そして、それは自然な感情であるかもしれません。

しかし、それに打ち勝って、少しでも差別や偏見の少ない社会をつくることが課題なのだと思います。


弱いものをいじめたり、のけ者にすることは、子供の世界にもあるのですから。

投稿者 加藤眞三さん : 2008年12月25日 20:44



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