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  2012/01/01 カナダ医師会雑誌のニュースより 

カナダ医師会雑誌 2011年12月21日号に福島原発事故に関する日本政府の対応が極めて悪いことを指摘するニュースが掲載された。内容は一般の人にとっても極めて大事であると思われるため、翻訳した。もし明らかな誤訳があれば知らせて欲しい。

CMAJ NEWS NEWS
December 21, 2011

翻訳(加藤眞三)

日本の震災により日本の公衆衛生も失墜 
 

"隠蔽工作の文化"と不十分なクリーンアップ活動が組み合わさって、昨年の福島第一原子力発電所の原子炉のメルトダウンの後9ヶ月たっても、日本人は"不当"な健康上のリスクにさらされていると、健康の専門家は述べている。
日本政府は、原発プラントが実質的に安定状態であると宣言しているが、一部の専門家は、政府が放射性降下物で汚染されていると認めているより、より広い地域から人々が避難することを呼びかけている。彼らはまた、一般の人々のための国際的に承認された放射能暴露限度に戻すよう日本政府に呼びかけており、透明でタイムリーかつ包括的なコミュニケーションが極端に不足していると日本政府の対応を酷評している。

福島発電所の三つのメルトダウンした原子炉の内部の温度は、冷温停止状態を達成しており、放射性物質の放出はコントロールされている。(国際原子力機関IAEA(www.iaea.org/newscenter/news/2011/ coldshutdown.html))。このことは、原発の地域から避難している100 000人以上の避難者の一部に対して、政府がまもなく故郷に帰還させようとすることを意味する。避難者は3月11日の8.9マグニチュードの地震と津波におそわれて以来、その住んでいた地域から離れて避難している。
確かに、さらなる爆発と大気中への放射能の実質的な放出がおきる可能性は減少しているが、プラントはまだひどく損傷しており、放射能は漏洩されていると、8月に福島県を訪れたTilman Ruff(核戦争防止のための医師協会会長)は語る 。 "当該地には放射能汚染に関する多くの大きな問題が残されている。余震が続いており、さらに今後も何ヶ月も続くと予想され、そして、それらは、潜在的にすでに不安定で弱体化した原発の構造物へさらなる損傷を引き起こす可能性が大変大きい。そして、高度に汚染された水約120000トンがプラントの地下にあること、そして、現在も海に重要かつ継続的な放射能の漏れが続いている。"

「全国の汚染の全容も不明確である」と、社会的責任を果たすための医師団理事会のメンバーの一人Ira Heflandは言う。 「私達は、まだどれだけの放射線の線量が[災害の直後に]人々に曝露されたかを正確に知らないし、今後どのような量が継続的に人々にさらされるのかも知らない。私達が現時点で把握している情報のほとんどは、一致しない見解である。政府は、すべては大丈夫であると人々に信じようとさせ、独自に放射線監視を行う市民は、政府が検出されるべきであるというよりも高い測定値を報告している。」

 「原発から200以上のキロ離れた所においても、20キロの除外ゾーンのレベルに等しいセシウム - 白血病やその他の癌を引き起こす可能性のある半減期が30年の放射性物質 – が検出されることが、東京の日本政府関係者により報告されている」と、社会的責任のための医師のための取締役会の他のメンバーRobert Gouldは言う。

 国際的に権威ある科学者は、原発周辺の禁止区域を80キロに拡大するよう日本政府に促してきたが、政府はその代わりに毎年20ミリシーベルトに公衆のメンバーのための放射線被曝の許容レベルを上げることにより"問題の存在がないことと定義する"ことを選択した。それは、年1ミリシーベルトとする国際標準よりもかなり高いレベルであると、Gouldは述べている。

 放射線の最大許容線量の「恣意的な増加」は、政府の「非良心的な」間違いであると、Ruffは主張する。 「もし5年間にわたり30人の子供の教室を放射線毎年20ミリシーベルトに曝すとすると、それは約30分の1ががんになるリスクを話していることになり、それはとても容認することはできない。私は、この数十年間において、自国民のための放射線関連リスクにこのような高いレベルを許容する政府を一つとして知らない。」

1986年のウクライナのチェルノブイリ原子力発電所原子力災害のあと、「年間5ミリシーベルト以上の放射能を受けることが予想される地域では、全ての人が避難させられた。そのことに何の疑問もなかった」とRuffは説明する。 年間1〜5ミリシーベルトの間のレベルを持つ地域では、放射性物質摂取のリスクを軽減するための対策がとられ、地元の食料の消費の禁止と住民に移転することのオプションが提供された。 年間1ミリシーベルト以下の地域であっても、被曝の監視が必要とされ、それが継続された。

それに反して、日本政府は国民が福島のエリアから農産物を購入することを奨励するキャンペーンを実施していると、Ruffは述べる。 「 [チェルノブイリの] 25年前の対応は、同国が技術的に洗練されていなかったし、体制もオープンではなく、また民主的でなかったにもかかわらず、公衆衛生の観点からは、現在の日本が行っている対応よりもはるかに責任感のあるものだった。」
もし、日本が同じような政策をとるとすれば、コロンビア特別区のワシントンで11月に行われた米国公衆衛生学会の第139年次総会および博覧会で報告された日本公衆衛生協会のために多田羅浩三博士たたらによって提示された汚染の推計をもとに計算すると、当局は約1800平方キロメートルを避難地域とし、さらに11100平方キロメートルで食品の生産に制限を課すことが必要となる。

「[政府によって設定された暴露の]レベルが有効であることを人々を説得するのは非常に難しい」と多田羅は会議の代表団に語った。彼は本誌のインタビューの要求には拒否をした。
日本政府は本質的に高線量であることは「危険ではない」と主張していると、Heflandは説明する。 「しかし、事故発生以来、それが国民の情報に基づいた意思決定を行うために必要な情報公開を拒否するものであるにもかかわらず、日本政府は、虚偽をつき続け、国民の関心を最小限に抑えることにのみ全力を注いできたことが、明らかになってきたし、そしてその状況が今も続いている。」
「彼らは、事故発生後一日かそこらで、原発がメルトダウンしていたことを知っていたが、数週間はそれを開示しなかったし、唯一外から大きな圧力により開示することになった。」Heflandは話す。 「そして、菅首相は人々の公衆衛生の災害がないことが確保された時になって、東京からも人々が避難しなければならないと思った時期があったが、それをもたらすための何もやっていなかったことを認めている。」

Ruffは、同様に政府が文書を伝達することを誤り、誤った情報を一般の人々に提供していたことを非難している。例として、彼は安定ヨウ素が子どもたちに配布されれば、効果的に働くとの初期の報告の伝達がされなかったことを挙げ、「現実には、ヨウ素は誰にも与えられていなかった。」と言及する。
危機に対する政府の対応が全く不十分であり、当局が放射性ホットスポットの報告に対応が遅れたことから、国民の不信はつのり、地域のコミュニティが、自分自身の手でクリーンアップしたり、放射能の監視活動を自分自身で行わなければならないところまで来ている」とGouldは述べる。 「それは、被災地のある部分のクリーンアップにはつながったが、森林と町の周辺地域に、行き当たりばったりで汚染土壌を散乱させたとの報告もあるのだ。」
「いくつかの場所では、青い防水シートの下に集積されている汚染土壌の塚を見ることができる」と彼は付け加える。

たとえ政府の支援を受けたとしても、達成することができる汚染除去には限界があると、Heflandは説明している。 「汚染物質をどうするか? あなたは全体の表土をこすりとろうとするか? どの深さまで表土を除きに行かなければならないのか? そして、あなたは建物を洗って除染する場合、廃棄物の水はどうするのか?」

さらに、Ruffは、政府が設定する放射能汚染の高いレベルである除外ゾーンより、さらに外側の領域からでも自主的な避難ができるように補償の規定を調整する必要があると主張する。このような補償がなければ、多くの家族が滞在するしか選択がない、と彼は言う。 「この時点で、長期にわたって健康被害を最小限に抑えるため、唯一の最も重要な公衆衛生対策は、避難をはるかに広い範囲にすることだ。」

日本政府は、これらの質問に応答していない

DOI:10.1503/cmaj.109-4083
- バーバラシバルド、CMAからのファイルとローレンフォーゲル、CMAJ、

投稿者 katos : 17:49 | コメント (3)
  2011/12/11 脱新聞紙宣言からのレポート

新聞紙をとらなくなってもう、10日になる。想像以上に快適だ。

満員電車の中で新聞紙を読むのは周りに迷惑をかけるし、あまりに混んでいれば拡げて見る事もできない。それに比べると、iPhoneやiPadであれば、狭いスペースでも読むことに困らない。 iPhoneやiPadに慣れてみると、流し読みも快適にできる。要は慣れの問題であった。

新聞紙があれだけ大きな紙に印刷され届けられるのも、単に昔は印刷が簡単であったという事と、みんながそれに慣れてしまったという二つの理由だろう。その大きさが読みやすいからではない。何故なら新聞紙以外にあんな馬鹿げた大きさの印刷物で、しかも印刷の質の悪いものは他にないことでもあきらかであろう。

新聞紙を読まなくなって、とりいれる情報が減ったかというと、むしろ質量ともに情報が増えた気がする。 新聞紙を読んでいた時は、一紙読むことで満足してしまっていたが、ネット上で読むと、疑問に思えば直ぐに別のサイトの情報源をあたり確かめる事ができる。また、NYタイムズやBBCなど英文の良質な情報に目を通す時間が増えることにもなった。

結局、新聞紙は時代遅れのものだ。これだけネット環境がユビキタスとなった時代には、もうなくても何ら困ることはない。

新聞の存在は、情報の百貨店のようなものかもしれない。政治面、社会面、経済面、文化面から小説まで一つの新聞でカバーしていたのだから。しかし、このような何でも屋は今やもう必要とされない。

しかし、それでも新聞社が良質の情報を届けているのなら、私は新聞紙の購読をやめなかっただろう。一番大きな理由は新聞社に対する怒りだ。

投稿者 katos : 11:36 | コメント (0)
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